会派で被災地調査

会派民主県民クラブで、先の地震で被災した大田市を訪問し、楫野市長から被災状況、復興への対応などをお聞きしました。今後、県でも支援施策が検討されますが、その議論に向けて、私たちも被災状況、必要な支援についての調査として、大田市に向かいました。

 

先に、民進党島根県連でも調査に入りましたが、その時から大田市の被害調査も進み、21日現在で、建物被害報告件数は2千件を超えているとのことです。県内および他県の自治体からも応援をいただき、調査に入っているとのことで、市長も各方面からの支援に感謝していると述べられました。

 

また、ボランティアの人も連日、大田市に入ってきておられ、復旧作業に応援をいただいていることにも感謝しておられました。

 

今回の被災によって人口流出にならないよう対策を講じていくとのことで、生活再建支援のほか、見舞金の支給や各種救済事業の紹介と相談に応じているとのことで、きめ細かい対応に配慮しておれました。

 

私たちも前回調査できなかった場所を見て回りましたが、一見、何事もないように見えて実はよく見ると地盤が割れていたり、亀裂が走っていたりと、被害があちこちに出ている様子が分かりました。県でもできるだけの支援がなされるよう、私たちも要請していきます。

| 角ともこ | - | - | - |
安倍政権は退陣を

毎月定期集会をしている総がかりの集会が19日の今日も松江駅前でありました。市民と野党の協働で開催しています。

 

今回も市民代表からの発言と島根県で活動する各野党からの発言で集会を盛り上げました。その後、30分ほど松江駅周辺をデモ行進して市民に訴えました。

 

昨日も財務省福田事務次官がセクハラ発言で辞任しましたが、この国の政治を中心で動かす人の資質が疑われる出来事です。先進国といいながら、人権意識の低さは常日頃思うところですが、報道から追及を受けても知らぬ存ぜぬ、その上司である麻生大臣も擁護するかのような発言、さらには被害者に名乗り出るように促す発言など、まったくセクハラに対する認識の低さに大臣たるべき人なのか疑います。

 

こうした人事を行ってきた安倍首相の責任は重く、安倍首相はアメリカに媚を売ってる時ではないし、アメリカからも顧みられていないことは明白です。アメリカ頼みの外交では、日本の地位は下がるばかり、拉致問題も自ら汗をかくべきですが、それがまったく見られず、これまで北朝鮮の脅威をあおるだけで何の成果も出してこなかった安倍政権はもう退陣すべきです。

 

市民の安倍政権の責任を問う声を大きくし、頑張る野党を応援して退陣に追い込みましょう。

 

| 角ともこ | - | - | - |
イタリア視察その7

バチカン市国を訪れ、ローマ法王庁に勤務する和田神父から、大聖堂や美術館を案内していただきました。ここは、ローマカトリック教の総本部であり、観光地としても有名で、この日も大勢の観光客が訪れていました。バチカン美術館、システィーナ礼拝堂、バチカン宮殿はいずれも人ごみの中を歩いていく感じで、その人気の高さを実感しました。

 

また、在バチカン市国日本大使館から、夕食会の招待を受け、松浦大使、小川参事官、そして和田神父とともに夕食をいただき、バチカン市国と日本との交流などについてお話を聞きました。

 

バチカン市国との関係は、1549年にフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したときから始まっており、九州のキリシタン大名が派遣した少年使節、伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節が法王に拝謁しています。1942年にバチカン市国と外交関係を樹立、一時途絶えることもありましたが、1952年に再開し今日に至っています。

 

システィーナ礼拝堂の修復には日本の民間テレビ局が資金協力していますし、NTTデータはバチカン図書館の手書き文書のデジタル化事業に参画するなど、様々な形で日本と友好関係をつないでいます。

 

久々にいただいた日本食に感激し、皆さんとの懇談も盛り上がり、あたたかなもてなしを受けることができ、イタリアでの最後の夕食は心に残るものとなりました。

| 角ともこ | - | - | - |
イタリア視察その6

ボッカチーニ教授が自身の教育理念「Learning By Doing(実践を通して学ぶ)」を実現すべく設立した私立の保育園・幼稚園「ア・メ・ミ ビアーチ育園・幼稚園」を訪問し、幼児教育について伺いました。

 

託児、幼稚園、サマースクールなどを行うほかに、親への支援も行う、多機能の子育てセンター的な役割を果たしています。ここには心理学者、教育学者、心理言語学者がいて、どういったクラス分けをするかなどについて参画しています。


そして、入所の最初の段階で子どもの観察や家庭環境を調査し、一人一人にあったカリキュラムを作成して対応しています。また、核家族化進んでいる中、親同士の交流の場をつくり、互いに支え合う人がいるという安心感を作っています。

 

ここは、4,000屬良瀉呂1,500屬侶物がつくられており、周りは公園となっていて、自然豊かな環境の中にあります。内部は子どもにとって魅力的に作られ、子どもが自由に動き回れるよう配慮されています。

 

の日の子どもたちの活動を見せていただきましたが、子ども用の調理器具を使って料理をしたり、洗濯をしたりしていて、生活の実体験をすることで、良好な健康とライフスキルを身につけることに取り組んでいます。

 

脳が形成される大事な時期だからこそ、子どもの無限の可能性を引き出すよう取り組んでいるとのことでした。

| 角ともこ | - | - | - |
イタリア視察その5

JNTO(日本政府観光局)ローマ事務所に伺い、イタリアの訪日観光客の動向について伊与田美歴所長からお話を聞きました。ここの事務所には、4人のスタッフが常駐していますが、すべて女性で、訪れた私たちも女性4人ということで和やかな雰囲気の中での調査となりました。

 

イタリアからの訪日観光客は年々増えていて、昨年は12万5千人が日本を訪れている。初めて日本を訪れる人が多く、特にハネムーナーの割合が高い。平均宿泊日数は12泊で、主要観光地を3〜4か所周遊。イタリアのハネムーンの平均予算は8,925ユーロ(約107万円)。ちなみにイタリアの結婚休暇は26日。

 

イタリア人旅行者が日本に期待するのは、日本食、自然景観、歴史・伝統文化体験、日本の日常生活体験などで、次回したいと思うことは、旅館・温泉体験、自然体験、舞台鑑賞、スポーツなど。

 

訪問地は東京、京都、大阪が全体の7割を占めるが、地方への関心も高まってきている。日本発着のクルーズもイタリアで販売が開始されている。ちなみに、島根県の浜田港も寄港地に含まれていました。

 

JNTOローマ事務所では、イタリア人目線で、イタリア語で情報発信し、旅行地としての認知度拡大に向けた広告宣伝に力を入れて取り組んでいます。私たちも、日本の特に地方の情報を提供することが必要だと感じました。

| 角ともこ | - | - | - |
イタリア視察その4

1982年にフィレンツェ地区が世界遺産登録され、2004年にフィレンツェ市に世界遺産管理事務所が設置されました。その管理センターに伺って世界遺産の管理と活用について話を聞きました。


フィレンツェにある世界遺産管理事務所は、フィレンツェ市を含むトスカーナ州を専門に管理しており、運営に必要な財源はイタリア政府が多く負担している。


多くの観光客が地元にお金を落としてくれることもあり、世界遺産を観光として活用することも大事。そのため、いろいろなイベントを実施して、人が行かないところへ誘導して世界遺産を知ってもらうことが必要。

 

遺産の修復にはお金がかかり、トスカーナ州からも予算が出ている。修復には文化局の承認が必要で厳しい条件が付けられる。
フィレンツェでは1966年に2〜5m浸水する大洪水があり、そこから修復作業が始まっている。石の加工所などがあり、世界から研修に来ている。もともと古いものを修復して使う習慣があり、アンティークを扱う店も多い。こうした技術は残していかなくてはいけないもので、町の象徴でもある。

 

建物は勝手にいじることは出来なく、国の許可が必要。自宅であっても許可が必要。

 

世界遺産になるとみんなの注目を浴び、たくさんの人が来るが、そこで生活する人たちに対する尊厳も必要で、そこのバランスを取っていくことが大事。
 

市税の8割は文化遺産に使われている。宗教的施設でも料金を徴収しているところもあるが、そこは宗教関係者の中で意見が割れている。また、修復費用を出している企業もある。それによって税金の減免が得られるということもある。


特別な教育をしているわけではないが、生活する中で文化遺産を大切にする習慣が身についている。18歳未満は無料で、子どもたちのための見学コースも用意されている。

以上のような内容のお話を聞きました。日本からも世界遺産管理について調査に来られるそうです。保存と活用、管理運営費用、一般の生活とどうバランスを取るかなど難しい問題もあり、ここでもいろいろな人たちと議論しながら進めているようです。

| 角ともこ | - | - | - |
イタリア視察その3

児童養護施設、イスティトゥート・デッリ・インノチェンティは、1419年に建設計画され44年に完成、45年に孤児院として開設されました。そして、20年後には200人、40年後には1000人を収容する施設となりました。

 

建物は世界遺産に認定されており、そして、今もここは児童養護施設として活用され、保育所も併設しています。

 

施設内を案内していただきながら、養護施設として利用されているところを見学しました。今ここには8人の子どもが入所しており、職員7人とボランティアの人が8時間交代で勤務しているとのことです。ボランティアは100人余りが登録されていて、ここ以外にも他の施設や子育て家庭にも支援に出かけているそうです。

 

施設にいる子どもには一人に対し一人のボランティアがつき、信頼関係を作るようにしています。ここにいるのは0〜6歳の子どもで、2年間までに親元に帰るか、里親のもとに行くか、養子縁組するかを決めます。親元に返されるのは約50%ぐらいだそうです。

 

親が面接に来た時には観察室がついている面接用のハウスで面接します。その様子を職員が観察して、裁判所への資料を作成します。したがって、子どもの将来を決める裁判所の判断根拠となる資料を作る重大な仕事もここの職員が担っています。

 

ここには保育所もあり、子どもの個性に合わせた幼児教育が行われています。

 

そして、圧巻は文書庫でした。孤児院が開設された時からの収容された子どもの記録が残されています。15世紀の実際の記録を見せていただいて説明を受けました。収容時に子どもがどんな様子でどんな状況で預けられたのか、また親子関係を示すものとして半分に割られたコインであったり、絵を半分に破ったものであったり、そうしたものも一緒に保管され、さらには、その後どこに引き取られていったかなども詳しく記録されています。

 

世界遺産のすごさを見せていただきました。そしてその施設がいまもなお、児童養護施設として活用されていることに、歴史的建造物を大切に使っているフィレンツェの人たちの歴史意識の高さを感じました。

| 角ともこ | - | - | - |
イタリア視察その2

調査の2番目となるトリエステ精神保健局に伺いました。イタリアでは精神病院をなくす取り組みが進められており、その先駆的な取り組みが始まったのが、人口24万人のイタリア北東部アドリア海に面し、スロベニアとの国境に位置するトリエステ市からでした。

 

トリエステにあった1,200床のサン・ジョバンニ精神病院にやってきた医師バザーリアは、それまで精神異常がみられる人を精神病院に収容し、拘束服を着せられて手が自由に動かないようにして、施設から一歩も外に出られないようにしていることをやめ、精神病院の廃止を訴え実践していきました。

 

その後、イタリアではこの精神病院廃止の運動が広がり、世界初の精神病院廃絶法が1978年に成立しました。

 

私たちは公立の精神病院がなくされてから作られた4つの精神保健センターの一つに伺い、医師と看護師の方からお話を伺いました。

 

保健センターでは24時間365日いつでも患者が来れるように開かれており、緊急入院用のベットが常に6〜8床準備されています。センターでは患者といわず、利用者というそうです。

 

ここでは毎日、医師と看護師が1時間ミーティングして利用者のケアを検討しています。どうしても暴れる場合には必要最低限の薬を使うこともあるそうです。

 

実際に施設内も案内していただきましたが、明るい雰囲気に整えられていて、いつでもだれでも気軽に来れるように作られています。

 

まだまだ、精神病院の廃止について理解が進んでいない人もあり、偏った考えの人たちの啓発にも取り組んでいます。また、精神障がい者の雇用については、奨励金が出され企業の協力を求めています。

 

かつてサン・ジョバンニ精神病院があったところへも行きましたが、今は公園となっており、博物館や大学などの施設が置かれています。

 

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被災地調査

月曜日に地震があった大田市の被災状況調査に、岩田議員と行ってきました。


被災した家屋は窓がゆがんだり、家そのものが傾いていたりと、生活を続けるには危険があるところや、屋根にブルーシートがかけられたところ、大きな岩が落ちているところや鳥居が倒れているところなど、被害が集中してみられるところと、そうでないところとありました。


一見何の被害もないように見えるお宅でも、家の中は家財が散乱しているというところも多く、外見だけでは被害の状況は計り知れないところがあります。


生活再建に取り組みながらも、事業所等日常業務は平常通りされているようで、市民のみなさんの負担は大きくなっています。

すでに今日も40人余りのボランティアの人たちが各地から入ってきて、ボランティアセンターの立ち上げや運営、そして救援活動に入っているところもあるようです。


救援から復旧活動が始まっていますが、さらに復興へ向けての支援が必要です。

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イタリア視察その1

4月1日に成田を出発して、イタリアへ視察に出かけました。医療や福祉、観光についての取り組みを調査する目的で、他県の女性議員も一緒に4人のグループで、4月7日までの日程でイタリア各地をまわりました。その報告を何回かに分けてしようと思います。

 

成田からKLMオランダ航空でアムステルダム経由でイタリア・ミラノに入りました。現地は日本よりちょっと肌寒い天候でした。イタリアもこの冬は厳しい寒さだったということで、このところ暖かくなってきて様々な花が咲きだしていて、まさに日本と同じ状況です。緯度も日本とほぼ同じで、ミラノは北海道と同じくらいの緯度と思えば、ちょっと温かいかなという感じです。

 

現地時間の午後7時過ぎに空港に到着、そのままホテルに直行、翌日午前中ミラノの大聖堂を見学した後、ミラノから直線距離にして200厠イ譴芯敢挫呂離凜Д優判パドヴァ県サン・ジョルジョ・イン・ボスコにある「Agriturismo DA GAS」に向かいました。

 

途中、昼食で立ち寄ったベローナはイタリア北部にあるベネト州の都市で、中世の旧市街があり、巨大な古代ローマ時代の円形闘技場等もあります。

 

ここからさらに東へ移動し、目的地に到着。ここで、アグリツーリスモについて調査しました。この日宿泊する「Agriturismo DA GAS」の主のガスさんからお話を聞きました。

 

イタリアでは農家に宿泊して農業体験をし、農家の皆さんと一緒に食事をするというアグリツーリスモが盛んに行われています。イタリアでも田舎から都市部への人口流失が始まり、1960年代からアグリツーリスモが行われるようになり、1985年には農業を守るための人口確保と自然環境保全の目的で法律もつくられ、イタリア各地で取り組みが進みました。

 

ガスさんも以前、酪農を中心とした農業を行っていましたが、乳製品の価格下落により経営が厳しくなり、牛乳の加工を行っていた場所を改造して宿泊施設に変え、民泊を始めたそうです。近所にも数軒ありましたが、民泊の経営も難しく、すでに2軒がやめられたそうです。

 

自分の畑で収穫した野菜を中心に、ガスさんの奥さんが調理し、宿泊しているほかの人たちとも一緒に夕食を共にしました。この日は、ドイツからイタリア語の研修に来ている女性と一緒でした。ちなみにガスさんの奥さんはイタリア語研修の講師をしていらっしゃって、日本からもイタリア語研修で長期滞在される方もいらっしゃるとのことでした。

 

部屋は、ツインの部屋でバストイレ付で空調もしっかりしていて居心地の良いゆったりとした部屋でした。今、ガスさんのところでは最大15人まで宿泊ができるそうですが、さらに宿泊できるよう増築も手掛けておられ、自らも大工仕事をこなしておられます。聞くところによると、民泊施設もだんだんとホテルに近い設備を擁するところも増えてきているようです。いずれにしても田舎体験で自然を満喫したい人たちの宿泊施設として、イタリアでは2万か所近くあるようです。

 

日本でも、最近こうした取り組みが各地で広がりつつあり、島根県でも、しまね田舎ツーリズムとして取り組んでいますが、今後はインバウンド対策の一つとして、訪日外国人の受け入れも見据えた取り組みが必要です。

 

| 角ともこ | - | - | - |